HOME > 資料集 > 丹沢ジャーナル > 2.ガイドつきエコツア−への期待

丹沢ジャーナル

2009年1月 グリーン・エージ
ガイドつきエコツア−への期待
木平 勇吉   東京農工大学名誉教授  丹沢大山自然再生委員会委員長
<解説>
この文章は「グリ−ンエ−ジ」新年号の新春随想欄に載ったものである。グリ−ンエ−ジは環境・造園・樹木医などを扱う財団法人「日本緑化センタ−」が発行する月刊誌であり全国に広く読者を持っている。新しい年への私の思いを纏めたもので、丹沢でのガイド活動の飛躍を期待している。そして、今年、2010年には有料ガイドのプログラムが実現している。原文には写真がないので、ここでは関連する写真を付けて視覚的なイメージを加えた。

 世界で最も美しい「散歩道」としてよく紹介されるのがニュ−ジ−ランドのミルフォード・トラックである(写真1)。ここのガイドつきトレッキングは世界中の自然好きの人々の憧れの的である。55kmにわたる森林・荒野・湖を縫って、山岳、渓流、滝、フィヨルド(*1)の壮大な景色を楽しみ、3つの美しい山小屋に泊まりながら案内者と過ごす5日間のツア−である。1日の入山定員があり、予約制なので6ヶ月ほど先まで満員であることはインターネットを調べるとわかる。目が飛び出るほどの高いガイド料にもかかわらず、それほど人気が高いのは、それ以上に「ガイドの価値」があるからであろう。さて、その価値を自分の足で体験しよう考えて、私は家族とともにこの2月に予約をとり楽しみにしている。 ガイドつきツア−の面白さを初めて知ったのはアメリカの国立公園での1時間程度のミニツア−であった。予約もなく、予備知識もなく、英語力もなく、偶然であったがそこでの強い印象はいまも鮮やかに残っている。地質や動植物や歴史などの話を聞き本当に楽しかった。案内なしで見て歩いた場合に比べて国立公園の素晴らしさと面白さは2倍、3倍になったと感じた。それ以来、ガイドつきツア−への興味を持ち続けている。


写真1 両側の岩壁から流れ落ちる無数の滝
ミルフォード・トラックは氷河地形を辿る散歩道である。水がどこでも主役であり、人の手が入っていない原生自然の世界である。


昨年、ボルネオ島のマレ−シア・サラワク州へのツアーに参加した。イリオモテ・ヤマネコの研究で高名な動物学者である安間繁樹先生のガイドにより、熱帯の自然をこころ行くまで楽しむことが出来た(写真2)。サルやコウモリの大群、雨林と乾燥林の植生、樹冠ウオーク(大木同士にかけられた地上30−50mの高さの吊り橋をむすぶ450mにおよぶ木の上の観察路)などを見ながら安間先生の卓越した知識と話しに感激し、出発から帰国まで疲れる暇もなかった。


写真2 ボルネオ島サラワク州でのガイド付きツア−
ガイドはイリオモテヤマネコの研究者である安間繁樹氏で参加者は12名。サラワクの野生動物について専門的な解説には説得力がある。


また、数年前に学生グル−プで西表島へのツア−に参加した。ここでもマングローブ研究の第1人者である琉球大学の馬場繁幸先生のガイドで汽水域(*2)に広がる数多くの種類のマングローブの形態・生理を思い切り学ぶことが出来た(写真3)。蛸の足のような支柱根、泥から突き出た気根、種と茎とが一体の胎生種子などを観察し、簡単な解剖をやった。私たちは西表を訪れる多くの旅行者に比べて、数倍の楽しい時間と知的好奇心に満ちた体験を得ることが出来た。ただし、サラワクも西表の場合も卓越したガイドによる稀有な例であり、さらに、私たちは二人の方には好意にあまえて、ガイド料を払っていないので本当のガイドつきツア−とは言えないようだ。


写真3 マングローブの根
呼吸するために地中から地上に根が成長する。マングローブ研究者による説明には興味が尽きない。


私の考える「本当の」とは有料で、それに見合う内容があり、誰にでも開かれた、定着したガイドつきツア−である。すでに日本国内でも始まっているが、もっと広がってほしい。それには、ガイド料を払っても参加したいと思う人が多くなることと、ガイド料に見合った価値のあるガイドをする人が多くなることが欠くことが出来ない。「有料」であることによりサービスを受ける人も真面目に参加して楽しむであろうし、ガイドする人もプロとしての実力の向上を意識するであろう。今、私が関わる神奈川県の丹沢の自然再生活動では「ガイド」、「インストラクタ−」、「インタープリ−タ(*3)」などの人材養成が進められている。「有料」になることが大きな転換点になると思う。丹沢を訪れる年間30万人のうち、「お金を払ってまではガイドは要らない」と思う人より、「お金を払ってもガイドが欲しい」と思う人が増えてほしい。それだけ丹沢を楽しむ人が増え、丹沢の自然が大切にされるからである。一方、ガイド料で暮らせる仕事になり、好意や奉仕ではなく本職のビジネスとして取り組む人が増えることを期待している。

古い話になるが、私がコンピユ−タ会社に勤めていた時代にはソフトウエアは無料であった。コンピユ−タ(ハードウエア)を買うと付いてくる「おまけ」であった。目には見えないプログラムには商品価値を認めず誰もお金を払わなかった。野外ガイドの仕事は景勝地の風景や行楽地の施設に付いた「おまけ」のサービスではなく、訪問者を2倍、3倍に楽しませる素晴らしい機能を持ち、それだけの価値がある高価なソフトウエアであることを社会が認める時代になってほしい。今年はガイドつきエコツア−が盛んになることを期待したい。


写真4 世界に負けない丹沢の自然景観
初夏は白や紫色のツツジがみどりの森に映える。富士山の姿はどこよりも美しい。さらに解説は興味を深める。

*1:氷河の侵食により複雑な形状をなしている湾、入江
*2:淡水と海水が混じりあった塩分の少ない水(汽水)がある区域
*3:自然のメッセージの媒介者、通訳者、解説者
  


このページの先頭へ戻る