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丹沢ジャーナル

2009年5月 雑誌「森林レクリエーシヨン」
ミルフォードトラックを歩く−世界で一番美しい散歩道(前編)
木平 勇吉   東京農工大学名誉教授  丹沢大山自然再生委員会委員長
 氷河によって削られたU字型の渓谷に沿って作られた54qの壮大な散歩道「トレッキングコース」がミルフォードトラックです。ガイドと一緒の4泊5日の森歩き、川歩き、高原歩きの印象を紹介します。そこは文字どおり草花と鳥の楽園であり、滝が降り注ぐ断崖が迫り太古の手つかずの原始の世界が広がっています。出発地はクイーンズタウン「女王の町」で終点は絶景のフィヨルド(*1)の海までの一方通行の道です。1日の入山者はガイド付きグループが50名以内、個人行動が40名以内で最大90名に限られた「世界で一番美しい散歩道」で感じた雨の5日間の私の体験(2009年2月)は忘れ難いものでした。
毎日の歩く距離と高低差と宿舎の位置は図のとおりです。クイーンズタウンをバスで朝に出発し湖を船で渡り、そこから1日目のコース2qが始まります。2日目はなだらかな渓谷を登る16q、3日目は海抜1,069mの峠を越える15qの難所、4日目は平坦ですが最長の21qで終着地である世界遺産のミルフォードサウンドに着きます。ここでトレッキングは終わりですが、5日目は入り江の海上クルーズのおまけがあり、バスかヘリコプターで出発地にもどります。

トレッキングコースのあらまし(毎日の歩く距離と高低差、宿舎の位置)
  このコースは環境保護局によって管理されている国立公園で、まったくの無人で人工物は歩道と6つの宿舎と3つの休憩所だけです。途中で仲間以外の人と行き会うことはありません。コースは健脚向きですが普通の人が普通に楽しめるところで、子供も10歳以上なら大丈夫です。
南半球の夏にあたる10月から4月がシーズンで、冬は深い雪に埋もれ雪崩れの巣となるので近つくことは出来ません。シーズン中でもこの地域の天候は激しく変わるので「1日の中に四季がある」といわれ、最高気温30度から最低気温は氷点下になり、さらに月の半分以上の日は雨です。
すでに述べましたが私の場合は5日間のほとんどが雨でした。ただし、雨の日の雰囲気、岩壁から流れ落ちる滝の風景は忘れ難いものです。しっかりとした靴と雨具が大切ですがそれ以外は軽装で弁当などを入れて6s程度の荷物ですみます。ガイドつきグループの場合は宿舎に泊まるので背負う荷物は何もありませんが、個人行動の人は決められた無人の自炊小屋に泊まるのですべての食料と寝具を担がなければなりません。
さて、このトレッキングに参加するにはこれを運営する唯一の旅行社アルテイメット・ハイクス「究極のハイキング会社」にインターネットで予約することです。予約状況や詳細な条件が一目でわかるので手続きは簡単ですが、数ヶ月先まで満員といわれ、その上、料金は目玉が飛び出るほど高いのが難点です。

コースは氷河が作ったU字型の谷間に沿って走っている
トレッキングの楽しみ
手つかずの自然の風景を眺める、珍しい樹木や植物と出会う、野鳥の観察など多くの魅力がありますが、「水」がすべての中心にあるように感じました。高い岩壁から落ちる大小無数の滝、轟轟(ごうごう)と流れる急流、緩やかな透きとおった小川、山を覆う苔や羊歯(シダ)からの水滴など豊かな水が生み出す生命が溢れる世界です。そして、氷河のエネルギーにより創られた圧倒するような氷河地形の景観です。

両側の岩壁からは無数の滝が流れ落ちて迫力がある
 2日目の平坦な道は川に沿っているので本当の自然の川の姿がさまざまに現れます。堤防などの人工物が一切なく流れの速い瀬、深い淀み、流れから取り残された池、横たわる巨大な倒木、さまざまな渓畔林、澄んだ川底に見える大きな鯰(ナマズ)などです。日本でも昔はありふれた風景であったと思います。これに対して、山の上や岩壁から流れる滝は迫力があります。無数の無名の白い線があちこちに現れる氷河地形ならではの光景です。
 3日目は分水嶺を越える難所です。標高が上がるにつれて高山植物が多くなり、高山に棲むケア(キーア)というニュージーランド固有のオウムが現れます。飛べない鳥が多いこの国ですが、ケアは不器用ながら飛ぶことの出来る騒がしい鳥で、日本アルプスの夏の雷鳥に少し似ています。急な歩道をあえぎながら頂上に立った時も雨で視界はゼロでした。
高山に棲むケア(キーア)は人懐っこいオウムの仲間
 強風で寒くひどい時間でした。他の時間はともかく、この峠からの巨大な氷河地形が見えなくて心残りです。晴天ならフィヨルド国立公園の360度のパノラマが開けているはずです。峠を越えたあとの4日目は最後のコースと心が急ぎます。大きな滝のような急流が続き、足元がおぼつかなくなった頃には終点となる入り江が現れます。そこがミルフォードサウンドでニュージーランド最大の観光地です。しかし、4日間のトレッキングで到着した私たちにはこの観光地はまったく貧弱に見えました。入り江には世界周遊の超豪華船が停泊していましたが白けた感じです。私の心はすっかり4日間で自然の力に染まってしまったようです。

終着地のミルフォードサウンドの海にはアザラシがいる

*1:氷河の侵食により複雑な形状をなしている湾、入江
  


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