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丹沢ジャーナル

2009年5月 雑誌「森林レクリエーシヨン」
ミルフォードトラックを歩く−世界で一番美しい散歩道(後編)
木平 勇吉   東京農工大学名誉教授  丹沢大山自然再生委員会委員長
きれいな宿泊施設
この地域にはガイド付きトレッキング・グループのための宿舎が3つと個人行動の人が自炊で利用するための3つの無人小屋があります。日本の山小屋とはまったく違います。
森の中とは思えない、ゆっくりと休めるように雰囲気のある美しい大きな建物です。大きな食堂と談話室、シャワーと水洗トイレのついたホテルと同様な個室、洗濯機と乾燥室が整っています。二段ベッドのユースホステルタイプの部屋も用意されています。建物の周りには広場もあり一日の疲れを癒すには充分な施設です。
食事も美味しく魚や肉の料理を前日に選べる豪華な夕食の毎日です。朝は自分で弁当を作るのでいっそう活気があります。食堂の机にはハム、野菜、卵などのサンドイッチの材料が山盛りに並べられ好みの物を好みの量だけ作り、飲み物に果物とお菓子をあわせてリュックにつめて用意の出来た人から出発です。整った宿舎で過ごす山の中の楽しい夜の時間は昼間の疲れを洗い流してくれます。
トイレは宿舎のほかに途中の休憩所にも設けてあり清潔でよく管理されています。入山者数の規制によって深刻なトイレ問題は起こっていないようです。ゴミは自分で持ち帰りですからまったく見られません。歩道は広くはありませんが地面は砂利や土でよく整備され、ぬかるみや道端の草地への踏みこみによる裸地化は見られません。環境保護局の管理がよく行われ、補修の砂利などの材料はヘリコプターにより運ばれます。歩きやすい歩道は疲れを少なくして安全です。つり橋や木道や道の細い危険な部分もよく補修されています。

ガイドの活躍
このトレッキングの最大の特色はガイドです。世界中からインターネットで申し込んで参加した私たち47名は偶然の出会いです。出発前日の夕方に旅行社に集まり事前説明を聞きました。コースの概要や天候、服装や持ち物などについて詳しい話があり、リュックや雨具は無料で借りることが出来、登山用品の売店もあります。そこで面識のなかった私たちは仲間になり、案内してくれるガイド4人と出合いました。4人とも30歳代でユーモアにあふれる明るい女性2名と男性2名です。旅行社の社員でありキビキビとした職業意識の高い人々です。
私はガイドとは案内と解説が仕事だと思っていたのですがまったく異なる役割を知ることが出来ました。私たちのグループはあまり団体行動をとりません。朝食を済ませた人から勝手に出発します。家族や友達同士もいますがここで初めて知り合った仲間が多く、気の合った仲間が自然に出来て連れ立って歩きます。ガイドは先頭としんがり、そして中間に2人がいます。朝の出発時と夕方の到着時には必ず顔を合わせますがそれ以外の時間にはガイドは参加者にべったりと付いているわけではありません。自然解説や動植物のことを聞きたい場合は彼らの近くにいることが必要です。花や樹木、どこで珍しいものが見られるかなど非常に詳しいのです。
ガイドと気楽に雑談しながらの自由な散歩は楽しいし、解説を無理に聞くこともなく歩くも休むも自分ペースなので集団行動の縛りはありません。先頭のガイドは休憩地に先に着き温かい飲み物を準備してくれるのでホットします。先に述べましたが視界がゼロの分水嶺に着いた時、雨と強風の中で熱いスープをもらいひと息入れることが出来ました。ポットに容れた温かい飲み物を背負ってきてくれたのです。彼らは私たちを急がせたり励ましたりはしません。落ちこぼれがなく安全で自由に楽しめるように注意しているようです。
このトレッキングコースの特徴はすでに述べましたが、けっして強行軍ではなく危険な山岳登山でもなく、参加者は自分の判断で進むことが出来ます。今回は誰も病気も怪我もなく、降りしきる雨の5日間を歩けたのはガイドの実力なのか、ラッキーなのか、両方であったことはもちろんです。夕食後の談話室でも彼らの話はくつろいだ楽しい雰囲気を作り出しました。

出発前に、私たち参加者はガイドと打ち合わせをします
 ガイドは宿舎でも食事の準備やあと片づけに精力的で何でもこなします。気持ちも体もよく動く人たちです。天候や明日の準備や安全確保について綿密に打ち合わせていたでしょうが私は気がつきませんでした。ガイドとはコースのすべての所で、すべての時間に、すべての参加者が快く過ごせるように働くマネージャーです。
そして宿舎や食事で私たちの世話をしてくれた人々、環境保護局やバスや船で働く人々のすべてがツアーを笑顔で支えるガイドであることを感じました。
ガイド付きトレッキングに私は以前から興味がありましたが、5日間で身近に知った彼らのガイドの役割と能力がすっかり気に入りました。終わって「トレッキング完歩証」をもらい良い思い出になりました。

雨の中の高原を登る参加者と大きな荷物を背負った「しんがり」のガイド
おわりに
すでに述べましたが、目玉が飛び出るほど高い値段にもかかわらず、世界中の自然好きの人々が何ヶ月も前から予約するミルフォードトラックの魅力を私なりに体感することが出来ました。それは自然の素晴らしい景色、整備された宿舎と歩道と食事、そしてガイドによる楽しい案内の総合力だと思います。このようなトレッキングコースは日本でも可能です。日本の自然の景色は負けません。歩道や宿舎はこれからよくなっていくでしょう。参加者が満足できる環境と雰囲気を作るマネージャーとしてのガイドの能力は潜在的にあると思います。自然を生かしたツーリズム(*2)が産業として、職業として日本でも育っていけることを感じたのは今回の旅行の収穫です。機会をつくり行ってみませんか。楽しい思い出はいつまでも消えないでしょう。

付録
ニュージーランドは自然環境保護で有名ですが林業・林産業でも有名です。天然林は完全に保護するために環境保護局が所有し、人工林は集約的な林業生産に使われるので企業の所有です。天然林と人工林との管理目的をキッパリと分けて、それぞれで環境と生産を徹底している国です。政府を小さくする行政改革であらゆる国有事業の民営化を1987年に徹底的に断行した国です。林野庁と森林研究所は民間企業に移行しました。
ラジアータパインを植林して国の重要な輸出品とするのに成功して、日本へも多くの木材製品を輸出して建築材や家具や紙として使われています。ネピアというテイッシュ紙はそうです。かつては羊の牧場であったところが今日ではラジアータパインの植林地に変わっています。林業は収益性の高い産業となり多くの人が働いて生活しています。旅行の途中のあちこちで素晴らしい人工林を見ることが出来ます。
ミルフォードトラックでは森林の徹底した環境保護を知り、同時に、徹底した森林の産業利用を見ることができる国がニュージーランドです。

*2:旅行、レクリエーション
  


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