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丹沢ジャーナル

2008年4月「子ども樹木博士ニュース」
子ども樹木博士−森での自然体験活動−
木平 勇吉   東京農工大学名誉教授  丹沢大山自然再生委員会委員長
  「樹木の葉や花や姿を見て名前をあてるクイズ」をやって、実力を認定する森での遊びを樹木博士と呼びます。子どもが自然に親しむ最初で身近な機会として用意されたプログラムで1999年に始まりました。単純で明快な内容です。しかし、工夫すると楽しく子どもの自然への興味を引き出すことが出来ます。いま、全国のあちこちで多くの団体が、さまざまな形で行っています。それらのプログラムの目的、内容、実践の状況、小学校での出前授業のようすを紹介します。そして、それらの活動が組織だってネットワーク化されて広まり、自然体験活動としての内容が深まり環境教育として貢献できることをまとめてみます。参考資料は「子ども樹木博士認定活動協議会、(社)全国森林レクリエーシヨン協会内」が発行している「子ども博士ニュース」です。このプログラムに関心がある読者はぜひとも近くの森や公園で、緑が深まる頃にささやかな子ども樹木博士の会を開いてみてください。そして、結果を本誌の読者に知らせてください。

子ども樹木博士のねらいときっかけ
都会であれ田舎であれ普段の生活の中で草花や樹木はよく目にします。住宅の生垣、街の公園、並木、そして近くの森や緑地にはいろいろな種類の木が育っていますが、その名前は知らないのが普通です。もし、名前がわかれば親しみは倍増するでしょう。名前がわかる友達はわからない人よりも親しみを感じるのと同じです。まわりの友達の名前はしぜんに覚えますが、草花や樹木はそうはなりません。教える、教わることが必要です。この機会を作るのが樹木博士のプログラムです。樹木の名前を識別することが直接の目的です。
私は10年ほど前に東京都府中市にある東京農工大学に勤めていました。鬱蒼とした樹木があふれるキャンパスを散歩する近隣の市民の姿がいつもありました。もし、周囲の樹木の名前がわかれば関心が深まり、四季の変化に応じてもっと楽しい散歩になるだろうと思いました。そこで、同僚と相談してキャンパスの樹木の名前を教える催しを企画し、ある秋の週末に開きました。新聞で紹介されて大変に多くの参加申し込みがあり、結果は大好評でした。親子連れを含めて申込者は500名を越えました。これが樹木博士のはじまりです。評判が良いので他の大学や団体にも広げようと考えて、この活動を全国的に広げるネットワークの組織を立ち上げました。子どもをおもな対象にしているので、現在は「子ども樹木博士」として定着しています。その後、この活動に興味をもつ多くの人々がさまざまな工夫をこらし、内容が豊かになり、今では単純に樹木の名前を覚えることを超えようとしています。参加する子どもや市民の数も年々ふえています。
学生がインストラクター。こども樹木博士に挑戦して楽しそうな小学校の3年生
子ども樹木博士プログラムの内容
名前を楽しく覚えるにはどのように学ぶか、どのように教えるかは、まだ正解はありませんが私がやってきた方法をまとめてみます。第一の要点は子どもが本物の樹木の前に立って触れることです。葉にさわる、むしる、もむ、嗅ぐ、小枝を折る、幹に触る、落ち葉や木の実を拾うなどです。図鑑や標識からではなく実物を見ることです。第二は興味をもちやすい種類から、例えば、すでに知っている、よく聞く、形や色が印象的であるなど親しみやすいものから始めることです。たとえば、イチョウ、カエデ、マツなどは形からも名前からも覚えやすいものです。聞きなれない、見慣れないものは後回しです。第三は子どもの年齢相応の実力に合わせて遊びと楽しみを重視します。数を競ったり名前の正確さを押し付ける必要はなく興味を引き出すことです。植物より昆虫の好きな子どももいます。したがって、少人数のグループで個別的な指導が大切です。第四は樹木識別の実力を認定して覚える意欲を刺激することです。興味を持つと識別できる数がふえます。それは楽しいからでしょう。10種を識別出来ると「初段」、20種で「二段」、30種で「三段」として実力を認定します。これまでに七段がでました。リーダの実力を超えることもあります。第五は企画し世話をするリーダの負担を小さくすることです。主な負担は@会場選定、要員集めなどの事前準備、A参加者の募集、B樹木を説明する能力です。これらの負担を少なくして、気楽に継続できる方法を見つけることです。疲れてはだめです。第六はリーダが行うプログラムの内容は自由であり、制約なく工夫できることです。他の団体の方法は参考にはなりますが強制されないことです。
特徴がある形や色の種類をえらぶ。子どもに印象深い話を準備することが大切
少人数のグループが大切。木の葉を手にとって子どもから興味深そうな質問が繰り返される
 私はこれらの要点を場所や相手に合わせて具体化するために周倒な下見と準備をします。例えば、教える予定の樹木の枝は子供の手が届くか、小枝を折ったり,葉をむしっても差しさわりがないか、ひと回りする経路の距離や時間に無理がないか、説明する用語や内容は子どもに合っているか,途中でスケッチやクイズをいれて退屈しないようにするかなどをチェックしておきます。重要なのはリーダの予習です。リーダである学生は樹木の専門家ではないので“虎の巻”を用意します。あまり樹木識別が得意でない人でもリーダをやれるようにします。
手の届かない背の高い木は避ける。あるいは、あらかじめ枝を切り地面に置いて触れるようにする
時間があれば木の葉をスケッチしてみる。細かい特徴に気づくことが出来る
小学校での出前授業
日本大学の学生の応援で毎月1回以上のペースで出前授業として子ども樹木博士をやっています。申し込みのあった学校の学年単位で50〜80名の生徒が正規授業として担任の先生の指導のもとで、私たち学生リーダによる樹木博士に取り組みます。段取りとして、まず、小学校から私に依頼がきます。日時、場所、内容について担任の先生の意向を伺います。それにそって下見をして準備を進めます。必要な数のリーダをそろえ、きちっと教えられるように訓練してから出かけます。説明する樹種と経路、解説の内容、資料などの準備が大切です。場所は校庭や近くの公園、河川敷、緑地です。申し込みはこれまでに実績のある近隣の学校が多いですが、クチコミによる新規もあります。神奈川県の「県内の専門家による科学技術モデル授業」の制度から紹介されることもあります。
出前授業では学級や学年ごとに多く生徒が参加する。先生の協力で正規の授業スケジュールとして行うことが大切
 出前授業で大切なことはそれぞれの学校の授業方針に合わせてプログラムを工夫することです。しかし、参加者を集める苦労はありません。学校が時間、場所、生徒を用意してくれるからです。こちらで決めた方法を押し付けるのではなく,相手の希望にそうように内容を工夫することは学生リーダにとって大変な勉強になります。大学の授業より熱心に周到に予習します。大学生にとって非常に貴重な勉強の機会にもなっています。
樹木勉強のあと一緒に学校給食を食べるインストラクターと小学生。インストラクターのとっても貴重な体験と報酬となる
 繰り返しますが出前授業で重要な点は学校の先生の授業内容に沿うことです。そして先生の信頼を得ることです。生徒の多くは予想以上に樹木博士に興味を示し熱心に聴き、よく覚えます。特に小学校3年生や4年生はやりやすいです。担任の先生は事前に関連する授業を用意し、事後に出前授業の結果をまとめてくれます。大学の学生は小学生にとって刺激的で新鮮な先生と映るので評判は高いようです。

子ども樹木博士のネットワーク
このプログラムは全国のどこでも、どの団体でも自分流で工夫して行うことが可能です。開催の認可の制度はありません。そこでお互いの情報交流が必要です。そこで情報と協力を進めるネットワーク(正式には、子ども樹木博士認定推進協議会)が組織されました。1年間に3回の「子ども樹木博士ニュース」の発行、年次総会とリーダ交流会がそれぞれ1回開かれています。交流会ではお互いの実践報告と実習が行われ課題が語られます。この活動を支える事務局は全国森林レクリエーション協会にあり、ニュース発行と企画など全国の団体の活動促進の中核となっていて、PRパンフレット、樹木ガイド、実施手引きなどを発行しています。実施を認可したり方法を規制するところではなく、それぞれの団体が自由に自立して活動できるように支援しています。現在、事務局の名簿にのっている実施団体は北海道から沖縄まで167です。都道府県、試験機関、市町村、森林管理局署、大学、演習林、国立研究所、森林組合、高校・中学・小学校、公民館、会社、NPOなどです。平成18年の全国での活動実績は101団体、参加者は4188人となっています。平成19年度のリーダ交流会の内容は、夢の島熱帯植物園館長と府中第一小学校教諭による活動報告、樹木のCO2固定量測定実習でした。参加者は野外で樹木の高さと太さを測りその樹木に蓄えられた二酸化炭素の量を推定しました。樹木の名前だけではなく、さまざまな工夫が加えられています。

子ども樹木博士から自然体験へ
これまで述べたように樹木の名前を識別することがこのプログラムの目的です。しかし、これは子どもたちの自然への関心を育てる一歩です。したがって、このプログラムは単独の行事として行われることもあり、野外活動や環境イベントに取り入れられることもあります。森の学校、川の学校、自然塾などの企画で自然体験プログラムとなり環境教育の出発点となっています。野外での体験の入り口として樹木に触れて名前を知ることに意義があると思います。名前を覚えることは単純ですが面白い着眼点だと思います。やがて生態系や生物多様性など自然の理解に必要なつぎのレベルの野外体験に結びつくでしょう。
目を輝かせる子どもたち。普段の授業よりも活気を出すにはインストラクターの準備と意気込みが必要
 おわりに、森林とは私たちが踏み込んで触れて学ぶ対象としてとらえています。特に子どもにとって、本物の自然環境に触れる体験は環境の世紀を生きるうえで欠くことが出来ません。森林は学ぶべき多くの材料を示してくれます。また、森林はボランティア活動の場所として人々にやりがい、生きがいを与えてくれます。現在、森林は社会にとってなくてはならない、人間らしく生きるのに欠くことのできない社会的共通資本です。社会的共通資本とは森や海などの自然資本、道路や橋などの社会資本、教育や医療の制度を含めたもので、誰でもが等しく恩恵を受けられるように守らなければなりません。そのような性格と役割を持つものとして森林を理解して、保全することに子ども樹木博士は貢献できるものです。
  


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