人も自然もいきいき! 丹沢大山の自然環境の保全と再生を推進する 丹沢大山自然再生委員会
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> 23.ニュージーランドの里山散策(前編)
丹沢ジャーナル
2012年4月「森林レクリエーション」NO.229掲載
ニュージーランドの里山散策(前編)
木平勇吉 子ども樹木博士認定活動推進協議会会長
東京農工大学名誉教授・丹沢大山自然再生委員会委員長
この国は「みどりの牧場」のイメージが強いようですが、さまざまな里山が身近にあり大切に保護されています。そこを訪れて朝夕に散歩する多くの人びとを見かけます。里山の散歩路はよく整備されており、案内パンフレットがどこでも入手できるので人気の高い健康な野外レクリエーションといえます。私はこの国に約2週間滞在し、さまざまなコースを歩いてみました。けっして有名な観光地や名所ではありませんが、身近に日常的な自然を体験できました。自然林、植林地、湖、泉などさまざまな自然の中で固有の野鳥や動植物の面白さを感じました。コースごとに特徴と印象をまとめてみます。
ワカレワレワの森
(インターネットではWhakarewarewa Forest で参照できます。以下同じです)。
先住民族のマオリ文化が色濃いロトルアは観光と林業の盛んなところです。私は以前にこの町にある国立森林研究所に勤めたことがあるので、懐かしく、この国を訪れるたびに立ち寄る町です。大通りの先には温泉の湯気が高く立ち昇り日本の湯治場と同じ臭いがします。そのロトルアのはずれに外国産の樹木を植える試験地が古くからありますが、今は市民の散歩、ランニング、自転車、乗馬などのレクリエーション園地として親しまれています。その一画に背の高いセコイア(カルフォルニアから来た外来種、通称レッドウッド)が第1次大戦終戦記念として植林されています。すでに高さは60メートル、直径が100センチに近い巨大な木が立ち並ぶ森で、その中を縫ってさまざまな散策コースが用意されています。30分程度の短いコースから4時間もかかる一日コースがあり、別に乗馬や自転車のための道もあり、それぞれの体力に合わせて汗をかいています。駐車場や売店があり親子づれやサラリーマンの昼休みのジョギングにも使われる簡便な里山です。ここの特徴は巨大なセコイア人工林の姿とその中を巡る歩道の柔らかさです。バーク(樹皮)が地面に敷き詰められていて歩くのに心地よい道です。ここに植えられた樹木の成長は素晴らしく、はじめは木材をつくる目的で植えられたものです。マオリの聖地(古くから伝統儀式が行われるところ)でもあり、文化や国の発展の歴史を知ることが出来る興味深い森です。ここには町の下水処理場の排水が森林に散布される潅水施設があり、聖地である下流の湖の水を汚さないための工夫がなされています。私は1時間あまりの散歩でしたが2月の南半球の夏のさわやかさと圧倒的なみどりを感じることが出来ました。
セコイアの巨木とシダが生い茂る植林地の中につくられている散歩路
ハムラナの泉
(Hamurana Springs)
先に述べたロトルアの町に隣接する大きな湖の対岸にハムラナの泉があります。冷涼な真水が大量に地下から湧き上がり大きな川を作りだしています。その水の美しさを私はこれまで他のところでは見たことがありません。泉は私有地にありゴルフ場に隣接しています。駐車場からは泉からの流れに沿って両側に20分あまり散歩路が作られ、大きな樹木が並木のように植えられています。透きとおる水と水中に茂る緑の水藻を眺めることが出来ます。その散歩路のすぐ近かくまで牧場が迫り、かっては牛が近づいて草を食べていましたが、現在は水質を保護するために灌木の樹林ベルトが設けられています。隣接する牧場とゴルフ場と住宅から泉の流れを離すために保護樹帯が市民のトラスト活動により設けられたのです。このように私有地の中の泉とその流水とをまもるための保護活動が成果をあげていますが、一旦開発が進んだ私有地の泉を保護することは容易ではないでしょう。澄みきった水の流れの美しさは目を見張るばかりです。川幅は10メートル程度ですがごく普通の散歩路が両側に設けられ、保護柵もなく無料で24時間開放された自由な場所です。水が湧き出す泉の周りは木の階段歩道と簡単な木柵が設けられているだけです。親子づれや近所の人びとの散歩路であり観光客は皆無です。市民は乳母車を引っ張り自由に出入りしています。このハムラナの泉は私にとって特別に心に残る小さな美しい自然です。透きとおる水以外は何もありませんがマナーにより守られ近隣のひとの善意に満ちた散歩路といえます。ロトルア湖にかかる霧を眺める朝の静けさ、驟雨の後に虹がかかる牧場、夕焼けに染まる森、いずれも心の休まる風景です。日本にもあった懐かしい景色です。
泉から湧き出した透きとおる水の流れと両岸に作られた散歩路
オカタイナの湖
(Lake Okataina)
ここは国の自然保護局が管理する本格的な自然林の中を歩く散策路です。自動車道の終点や途中に散策路入り口の標識があり、地図を頼りにルートを選ぶことが出来ます。湖は大きなカルデラ湖であり、その周囲は自然林で囲まれた無人地帯です。森林は、かつて建築材が切り出されたので厳密には原生林とはいえませんが、その後の保護により今では原生状態となり、地域を代表する植生と巨木が繁る密林です。散策ルートは1時間程度の循環路から5時間以上におよぶ本格的なものまでが整備されています。歩道はよく整っているうえ平坦地なので楽しく歩くことが出来ます。ルートの途中での分岐点には標識があり、地図と見比べると迷うことはありません、しかし、私の場合、ルートの入り口を間違えて1時間の予定の循環路ではなく4キロあまりの一方通行路に入り、帰り道は別ルートと合わせて2時間以上の散策になってしまいました。周りは原生林でなじみのない南半球の樹木ばかりですが所どころに樹木標識があって興味は尽きません。標識は自然保護局の統一形式でわかりやすく美しいものです。それ以外には人工物はまったくないので自然の中に身をおくことが出来ます。私は、その間、人にはまったく出合うことがなくニュージーランドの「ブッシュ・ウオーク」の魅力を満喫できました。ただし、これは人によるでしょう。樹林の中で誰もいないところを歩くのが面白いかどうか、あるいは深い森の中は怖くないかなど少々の覚悟がいります。しかし、路は森の地図に詳細に描かれており、それは観光案内所でも売られています。案内所の人は多くの人が訪れる色々な散策路を教えてくれました。蛇足ですが、この国の森林政策の特徴は自然林と植林地とをはっきりと区別していることです。自然林は環境保護の目的で管理されて伐採や開発は出来ません。自然保護計画により所在場所が明記され法的に守られ、さらに地域の人によく理解されています。一方、植林地は林業活動の場所であり、徹底した経済活動が進められています。ラジアータパインと呼ばれる世界一成長のよい樹木を育種で作りだし、それの一斉植林と一斉伐採を行い、大規模な製材工場をつくり林業を国の主要産業として成功させています。モノカルチャー林業として世界的に有名です。
散策路の入り口の案内標識。統一されたデザインと判りやすい内容です
野鳥の楽園チリチリ・マタンギ島
(Tiritiri Matangi )
ここは観光案内書にも出ている島で有名な野鳥保護区です。オークランドから船で一時間あまりの無人島です。自然保護局が島全体を買い取り自然林を作り野鳥のサンクチュアリーとしたところです。外来の動植物の侵入を防ぎニュージーランド固有の野鳥の生息環境が整えられています。1日1回だけの船による訪問者を受け入れ、自然保護局職員とボランティアとの協力で保護管理と案内にあたります。島に上がるには靴底を綺麗にして外からの種子や食料など異物の持ち込みを防ぐ検査が厳しいです。ゴミ箱はまったくありません。島内にはいくつかの散策ルートが整えられて訪問者の興味に合わせてガイドと一緒に歩くなり、自由散策が出来ます。午前10時につき午後3時には全員が島を去ります。船着場に着くと早速にタカヘと呼ばれる七面鳥に似たのがうろついていましたが、人を恐れる気配はありません。薮を歩きながらガイドはさまざまな鳥を説明してくれます。日本ではなじみのない固有種ばかりです。以前から私は「ファンテール」と「ツーイ」と呼ぶ羽根の綺麗な鳥を知っていましたので、たっぷりとゆっくりと観察できました。ルートの途中に水場があり鳥が群がっていました。ここだけが人工的でしたがそこ以外は自然のままです。島の半分はかっては牧場でありそこに固有種が植栽されて出来た薮です。残りの半分は以前からの自然林です。この国でよく目につく木は「シダ」です。伐採された土地に生える陽樹で、葉の形と模様の美しさと成長する勢いに驚かされます。このシダの若芽は蕨の形をしています。すごく大きく生命力の塊です。その模様はラグビーのオールブラックスのユニフォームやニュージーランド航空のマークになっています。あまり実用的には役に立たないのですが自然の風景の主役です。 夜行性のキーウイもこの島に棲んでいるはずですが昼間は見られません。この国の国鳥キーウイを見ることが出来るのは動物園の暗い施設だけで、自然の野外では困難です。ヘビや猛禽類のいないこの国は飛ぶ能力をなくした野鳥の天国であることを感じることが出来ました。野鳥の管理は自然保護局の仕事ですが基金や寄付金が民間から集められています。船会社は大きな支援団体でツアー代金の多くが保護に当てられています。一人の参加料は約5000円と高いのですが人気は高いようです。ガイドはボランテア団体に属する人たちが日替わりで勤めています。7−8人がグループになり、歩きながら説明を受けます。ガイドは退職者相当の年齢層ですが楽しげな人たちばかりでした。何も持ち込まない、何も持ち出さない、パンくずも落とさないなどのマナーは難しいことではありませんが、実際に完全に守られているのは気持ちのよいものです。禁止事項の標識はなく、ガイドが注意する声も聞こえないので人間にとっても楽園でした。私は野鳥ファンでもなく探鳥会にも行きませんが、この何もない静かな島の薮歩きで楽しい一日を過ごしました。小鳥の声は聞こえますが姿は日本の薮と同じようにたまに気づく程度です。まったく自然な「野鳥の楽園」の一日でした。(続く)
木道は歩行者に安全であり、野鳥の生活と自然環境を守っています