HOME > 資料集 > 丹沢ジャーナル > 14.水源林の間伐を思う−丹沢の再生−

丹沢ジャーナル

2011年1月「グリーンエイジ」掲載
水源林の間伐を思う−丹沢の再生−
木平 勇吉   東京農工大学名誉教授  丹沢大山自然再生委員会委員長
<解説>
これは2011年グリーンエージ1月号の「新春随想」の記事です。財団法人「日本緑化センター」が発行する月刊誌で森、造園、景観などみどりをテーマにした雑誌です。私の今年の希望を述べています。

 神奈川では荒廃した水源域の森の整備が始まって10年がすぎた。900万の県民に良い水を安定して供給できるような水源林作りが県民協働で進んでいる。その中で特に大切な作業が間伐であるが、その計画や現場の成果を見るといくつかの課題が生じているので、ここでは技術課題に限って考えてみたい。

目的の不明な森林整備作業
灌木や下草が掃除されてサッパリとした美しい雑木林ではあるが水源機能が高くなったわけではない。目的の不明な「整備」である。水源林なら手入れはしない方が良かったと思う。読者の意見はどうだろう。
 まず、「間伐」が持つ用語のイメージと思い込みの強さである。間伐は森を育てまもる大切な仕事として社会に認知されているが、その目的や方法や評価についての中身までは知られていない。立木が混みあった暗い森を切りすかして、明るいスッキリした健康な森にすることと一般には思われている。森林所有者にとって間伐の目的は伝統的に林業収益、木材生産の増大であり、研究者にとっては間伐の研究は成長モデルと呼ばれ、間伐により残りの林分の蓄積、成長量や材質にどのような影響を与えるかを調べることであった。森林に多くの役割りが期待される今日、私たちはもう少し丁寧に間伐について説明して、思い込みをただす責任があるようだ。
神奈川の自然再生の活動に参加した私は、これまで木材生産の世界での技術として間伐にはなじんでいたが、水源機能を高める間伐の研究も実践も無いので丹沢では戸惑うことばかりである。また、全国的にも「森林整備」として手遅れ人工林の間伐が政策化され、事業化され、大規模に実行されていることにも戸惑っている。わずかな経験ではあるが水源機能の仕組みを整理して、水源林の間伐方法についての自分の考えを纏めてみたい。
水源機能には、@地面に雨が浸み込む土壌浸透能、A流域全体における水収支、B洪水防止、C水質の浄化などがある。森林の状態はいずれにも関係するが、ここでは間伐と土壌浸透能とのかかわりに注目したい。まず、降雨は直接か、樹冠にいったん止まってから落ちるか、樹幹流となるかにより地面に達して土壌にしみこむ。この雨の降る量(降雨強度)が浸み込み量(土壌浸透能)を超えると浸み込めない水は地面の上を流れる。これが地表流である。地表流は土壌の侵食をひき起こすのでこれを少なくするためには土壌浸透能を大きくすることが必要である。強い雨や高い枝からの大きな雨滴が地表に落ちた時の衝撃力は大きいので表土を跳ね飛ばし、土壌表面の孔隙をふさいで土中への浸透を低下させる。落葉が無く草が生えていない裸地や硬い地面では土壌浸透能が小さいから地表流が生じる。このように浸透能を高めて地表流下を抑えて侵食を防いて土壌を安定させることが森の水源機能の基本である。
これに適した林分構造は、@落下する雨と高い枝からの雨滴の力を弱めるために中・下層に生い茂る灌木の枝葉が厚い、A地表を草が覆っている、B土壌表面に落葉・腐植質の層があつく、その下に孔隙の多い深い土壌があることである。このような構造の林分を作ることが水源林での間伐の目的である。林内には陽光が必要であるから上木の枝葉は薄くなくてはならない。

人工林でも立派な水源林
林床がササと灌木に覆われたこの林分は単純な同齢の単一樹種の人工林ではあるが、水源林としての役割は果たしている。水源林のための手入れは不要だと思う。読者の意見はどうだろうか。
 このように水源のための間伐は木材生産のための間伐とはまったく異なる。後者は商品として優れた植栽木を残して育てるのに対し、前者は土壌を保護する潅木・雑木・草を残し繁茂させることである。このような新しい水源林間伐を実行するには新たな経験が必要となっている。それに加えて、丹沢ではシカが多くて灌木やササや草を食べるのでシカ柵の設置や頭数管理などのシカ管理と間伐を一体的に考えなければならない。これも新しい課題である。
間伐についての新しい概念、新しい作業方法について戸惑いながら試行錯誤を繰り返し、成果を見ながら計画を手直しする順応的な森作りが今年の私の思いである。
  


このページの先頭へ戻る